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福岡地方裁判所小倉支部 平成7年(わ)753号 判決

主文

被告人を禁錮六月に処する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は、福岡県豊前市長で、平成七年一一月施行予定の同市長選挙に立候補を予定していたものであるが、法定の除外事由がないのに、右選挙に関し、別表記載のとおり、同年八月九日ころから同月一二日ころまでの間、前後一六三回にわたり、福岡県豊前市大字畑一九一〇番地丸山豊美方ほか一六二か所において、右各同所の居住者等関係者に対しそれぞれ現金五〇〇〇円を供与するため提供し、同月九日ころから同月二〇日ころまでの間に、右各同所の居住者等関係者であって当該選挙区内にある丸山豊美ほか一六二名をして右各現金を受領させ、もって、当該選挙に関し寄附をしたものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、(一)被告人は、被告人個人として本件公訴事実記載の現金各五〇〇〇円を供与したのではなく、豊前市の市長としての地位に基づき同市の公務として右現金を供与したのであるから、供与の主体は、豊前市であって、被告人ではない、(二)本件寄附行為は、平成七年一一月施行予定の豊前市長選挙に関してされたものではない、(三)本件寄附罪(公職選挙法二四九条の二第一項、一九九条の二第一項所定の寄附罪)にいう寄附は、当該寄附が公職の候補者等からのものであることを受寄附者において認識し得る形態のものでなければならないと解すべきであるが、本件寄附については、殆どの受寄附者が豊前市からのものと認識しており、受寄附者において被告人からのものとは認識し得ない形態のものであったから、本件寄附罪は成立しない、(四)被告人には、本件寄附罪についての故意がない、(五)被告人には、本件行為が公職選挙法に違反する違法なものであるという意識がなかったなどとして、被告人は無罪であると主張するので、以下、右各主張について判断する。

二  前記一(一)の主張(本件公訴事実記載の現金各五〇〇〇円を供与した主体は、豊前市であって、被告人ではないとの主張)について

この点についての弁護人の主張は、要するに、豊前市内及びその周辺地域では初盆参りの慣習があり、豊前市においては、市長による初盆参りが長年公務として行われてきているところから、被告人も、毎年、市長として初盆参りをしており、その際、公費(市長交際費)で盛り籠等又は現金入りの不祝儀袋を贈られる特定の初盆家庭以外の一般の初盆家庭を回るときには、被告人の私費で用意した現金入りの不祝儀袋を持参して供与しているが、これは、公費(市長交際費)が不足しているためやむを得ず被告人の私費で公費の補填をしているだけであるから、被告人の私費で用意した右現金は、公費から支出されたものと同じであり、その供与の主体は豊前市とみるべきであるというものと理解される。関係証拠によれば、弁護人主張のとおり、豊前市内及びその周辺地域では、初盆参りの慣習があり、豊前市においては、市長による初盆参りが長年公務として行われてきていることは認められる。しかしながら、

1  関係証拠によれば、豊前市長である被告人は、平成七年の初盆参りにおいて、豊前市内のほぼ全部の初盆家庭を回ったが、その際、事前に公費(市長交際費)で単価一万五〇〇〇円若しくは一万円の盛り籠又は単価五〇〇〇円のギフトセットが贈られていた特定の初盆家庭(豊前市政に貢献のあった者、豊前市の職員関係者、被告人の同級生等の初盆家庭や被告人の出身地区の初盆家庭)に対しては、公費(市長交際費)で用意した箱入りのお茶(「御佛前 豊前市長」と表記された、単価四五〇円のもの)を配り、それ以外の一般の初盆家庭に対しては、右の箱入りのお茶のほか、被告人の私費で用意した現金各五〇〇〇円入りの「御佛前 豊前市長」と表記された不祝儀袋を配ったこと、被告人が、平成七年の初盆参りにおいて、一般の初盆家庭に配った右現金は、本件公訴事実記載の現金各五〇〇〇円(合計八一万五〇〇〇円)を含めて、合計一二〇万円弱であること、その後、被告人の支出した右金員分が、豊前市から被告人に支払われたことはなく、被告人においても豊前市においても、右金員分が豊前市から被告人に支払われるべきものとはしていないことが認められる。右事実に照らすと、被告人が一般の初盆家庭に配った右現金は、豊前市の公費ではなく被告人の私費であることが明らかである。

2  関係証拠によれば、被告人は、平成七年九月一三日の豊前市議会定例会本会議で、市議会議員から、市長が初盆参りで配るご仏前の金員は公費から支出してもいいのではないかという趣旨の質問をされたのに対し、「今度は選挙の年だから市長が全部回った、それも公費で全部ご仏前を支出をしたということになると、これはあなたの言われるように公費でですね、市長として回った、それは理解を市民がしてくれるかどうかという問題になりますけれども、私としては例年のとおりの関係者だけには公費で、そして残りについては私のお金でというふうに区別をしました。」と答弁していることが認められるが、右答弁は、被告人自身も、一般の初盆家庭に配った現金については、豊前市の公費ではなく被告人の私費であると認識していることを示している。

3  関係証拠によれば、被告人は、平成四年、平成五年、平成六年の初盆参りにおいては、公費(市長交際費)で盛り籠等又は現金入りの不祝儀袋を贈られる特定の初盆家庭は回ったものの、それ以外の一般の初盆家庭を回ることまでは殆どしていなかったのに、平成七年の初盆参りにおいては、特定の初盆家庭だけでなく一般の初盆家庭のほぼ全部を回り、その際、一般の初盆家庭に対しては、被告人の私費で用意した現金各五〇〇〇円入りの不祝儀袋を配っているが、平成七年の初盆参りをそのように行うと決めたのは被告人であり、かつ、被告人が平成七年の初盆参りをそのように行ったのは、後記三のとおり、同年一一月に迫っていた豊前市長選挙を意識し、右選挙で自分に有利になるようにと考えてのことであることが認められる。

4  以上の各事実に照らすと、平成七年に被告人が特定の初盆家庭だけでなく一般の初盆家庭のほぼ全部を回ったのを、すべて豊前市の公務とみてよいかは問題である上、仮にその点を肯定して、被告人が初盆家庭を回って初盆参りをしたこと自体は同市の公務であるとしても、前記1ないし3の各事実に加えて、

(1) 一般的に、市長が初盆家庭を回って初盆参りをすることと、その際、市長が私費で用意した現金入りの不祝儀袋を配ることとは、区別して考えることが可能であること、

(2) 関係証拠によれば、豊前市では、初盆家庭を回る際には、例年、公費(市長交際費)で用意した線香・ろうそくセットとかお茶等のお供え物を持参するものとされており、平成七年の初盆参りにおいても、初盆家庭を回る際のお供え物として、公費(市長交際費)で箱入りのお茶(単価四五〇円のもの)が用意されており、被告人も、初盆家庭を回る際、その箱入りのお茶を持参していることが認められるから、被告人が、平成七年の初盆参りにおいて一般の初盆家庭を回る際、右箱入りのお茶のほかに、私費で現金入りの不祝儀袋を用意して持参すべき必然性はなかったこと(被告人及び弁護人は、市長が一般の初盆家庭を回る際、お供え物として右の箱入りのお茶程度のものを持参するだけでは、非常識であるかのようにいうが、決してそのようにはいえないと考える)、

右各点を併せ考えると、被告人が私費で用意した現金各五〇〇〇円入りの不祝儀袋を一般の初盆家庭に配ったことまでを豊前市の公務とみることはできない。

なお、関係証拠によれば、豊前市役所総務課秘書係の職員らは、被告人から合計一二〇万円を受け取り、表面に「御佛前 豊前市長」とゴム印で表示した不祝儀袋に五〇〇〇円札を一枚ずつ入れて、被告人が一般の初盆家庭に持参する現金入りの不祝儀袋を準備するなど、被告人が私費で用意した現金入りの不祝儀袋を配ることについても、右職員らが援助していることが認められるが、右事実は、右職員らが被告人の私的行為について援助したものとみるほかないのであって、前記判断を左右するものではない。

5  以上の各事実を併せ考えると、本件公訴事実記載の現金各五〇〇〇円を供与した主体は、豊前市ではなく、被告人であることが明らかである(念のため付言するに、豊前市の公費で用意して供与された金品であっても、その公費が私的に流用されたとみるべき場合もあり得るから、公費で用意された金品であるからといって、その供与の主体がすべて豊前市と認められるとは限らない)。

三  前記一(二)の主張(本件寄附行為は、平成七年一一月施行予定の豊前市長選挙に関してされたものではないとの主張)について

1  関係証拠によれば、被告人は、平成七年七月初旬ころ、送迎の市長公用車内で、随行していた豊前市役所総務課秘書係長稲葉淳一及び同課秘書係所属の同車運転手襖田龍治に対し、「今年は全部まう(回るの意味)から」と言って、同年の初盆参りでは、被告人が、豊前市内の初盆家庭全部を回る旨伝えたこと、稲葉は、前年の平成六年の初盆参りの際、襖田から、「市長選挙のあった平成三年には、市長(被告人)は初盆家庭全部を回っている。来年は市長選挙があるので、市長(被告人)は初盆家庭全部を回るであろうから、そのときは大変だよ。」という趣旨のことを聞くなどしていたから、稲葉としては、平成七年は豊前市長選挙があるので、被告人は初盆家庭全部を回るであろうと予想していたこと、襖田も、それまでの豊前市長選挙のある年の例からみて、同市長選挙のある平成七年には、被告人は初盆家庭全部を回るであろうと予想していたことが認められる。稲葉及び襖田は、公判廷では、平成七年には被告人が初盆家庭全部を回るであろうと予想していた理由について、同年に豊前市長選挙があることとは関係がないかのようなあいまいな供述をしているが、前記認定を左右するものではない。

2  関係証拠によれば、被告人は、昭和五〇年一一月に豊前市長に就任し、昭和五一年から市長として豊前市役所の行う初盆参りに関与するようになったが、市長である被告人が、公費(市長交際費)で盛り籠等又は現金入りの不祝儀袋を贈られる特定の初盆家庭だけでなく、それ以外の一般の初盆家庭のほぼ全部に初盆参りをしたのは、平成七年以外では、昭和六二年、昭和六三年及び平成三年だけであること、そのうち、昭和六二年と平成三年は豊前市長選挙のある年であったこと、被告人は、昭和六二年には、初盆参りをした一般の初盆家庭全部に対し、公費(市長交際費)で用意した線香・ろうそくセットのほか、被告人の私費で用意した「御佛前 神﨑礼一」と記載した単価二〇〇〇円程度の果物の詰め合わせ及び現金二〇〇〇円又は三〇〇〇円入りの不祝儀袋を供えているが、昭和六三年の初盆参りでは、被告人の私費で用意した現金入りの不祝儀袋を供えた初盆家庭が若干あったとしても、昭和六二年のとき程には私費を投じていないことが認められる。被告人は、公判廷では、昭和六三年のときも、初盆参りをした一般の初盆家庭全部に対し、公費(市長交際費)で用意した線香・そうそくセットのほか、被告人の私費で用意した現金入りの不祝儀袋を供えていると思う旨述べているが、〓津康宏の証言(第五回公判一九〇項以下と四五六項以下)及び同人の検察官調書(検甲九号、ただし、取調べ済み部分のみ)等に照らして信用できない。

また、〓津の右検察官調書によれば、被告人が昭和六三年も初盆家庭のほぼ全部を回ったことについて、〓津は、「昭和六三年は豊前市長選挙のある年ではなかったが、前年の昭和六二年には、被告人が多額の私費まで使って初盆家庭全部を回っていたので、同市長選挙のある年だけそのように回っておきながらその翌年は同市長選挙がないからといってそれを止めるというのは、露骨すぎて市民の反感を買いかねないということで、被告人は、昭和六三年も初盆家庭全部を回ったのであろう」と考えていることが認められる。もっとも、〓津は、公判廷では、被告人が昭和六三年も初盆家庭のほぼ全部を回ったことについて、行政のトップとして、市民に弔意を表すためにお参りをした方がよいと判断したからと思う旨述べているが、それだけの理由では、被告人が初盆家庭のほぼ全部を回った年が、平成七年以外では、昭和六二年、昭和六三年及び平成三年しかないこととの関係を合理的に説明できず、不自然、不合理であって信用できない。

以上の事実は、初盆参りにおいて、被告人が初盆家庭のほぼ全部を回るかどうか、さらに、その際、一般の初盆家庭に私費を投じて現金等を配るかどうかは、豊前市長選挙と密接な関係があることを示すものと考えられる。

3  関係証拠によれば、被告人は、平成七年九月一三日の豊前市議会定例会本会議で、市議会議員から、被告人が同年八月にした初盆参りの当否等について質問されたのに対し、「私が初盆参りをいたしたことでありますが、平生は大体市の関係者とかそういう方々を毎年回ります。毎年大体七〇ないし八〇戸ぐらいではないかと思います。今年はお分かりのようにこういう時期でありますので、やはり全市民を対象に初盆参りをしようということで、スケジュールをつくりまして(以下略)」などと答弁していることが認められる。右発言中の「今年はお分かりのようにこういう時期でありますので」というのが、今年は豊前市長選挙のある年だから、という趣旨であることは、関係証拠によって認められるその前後の質疑と被告人の発言とを併せ考えると明白であり、被告人も、司法警察員調書(検乙一一号)及び検察官調書(検乙一三号)では、右趣旨であることを認めている。そうすると、被告人は、市議会という公の場で、平成七年の初盆参りにおいては同年一一月に迫っていた豊前市長選挙で自分に有利になるようにと考えて初盆家庭のほぼ全部を回ったことを自認しているといえる。

4  さらに、被告人は、司法警察員調書(検乙二、四号)及び検察官調書(検乙一二、一三号)では、平成七年の初盆参りにおいては、公費(市長交際費)で盛り籠等を贈られる特定の初盆家庭だけでなく一般の初盆家庭のほぼ全部を回り、その際、一般の初盆家庭に対して、被告人の私費で用意した現金各五〇〇〇円入りの不祝儀袋を配った動機の中には、同年一一月に迫っていた豊前市長選挙を意識し、右選挙で自分に有利になるようにとの考えがあったことを自認しているところ、司法警察員及び検察官に対する右供述は、その余の関係証拠に照らして自然かつ合理的であって、十分信用できる。

5  関係証拠によれば、被告人は、平成七年の初盆参りにおいては、豊前市内の初盆家庭のほぼ全部を回ったものの、選挙権のない外国人(在日韓国・朝鮮人)の初盆家庭については、該当家庭四軒のうち、被告人が初盆参りに行ったのは豊前市の指名業者となっている土建業者の家のみであり、その余の三軒(金光こと金繁雄方、平山こと朴順禮方、岩城こと文龍浩方)には行っていないことが認められる。

しかも、高尾博文の検察官調書(検甲八二号、ただし、取調べ済み部分のみ)によれば、金光方については、被告人を案内していた高尾博文都市開発課長が「次は金光さんのところに行きます」と言ったところ、被告人が「そらどこか」と聞き、高尾が「韓国人の平壌屋ですよ」と答えると、被告人が、行かなくていい旨言ったので、高尾は、被告人を金光方には案内しなかったこと、高尾は、外国人には選挙権がないので被告人は金光方に行かないのであろうと理解したことが認められる。高尾は、公判廷では、被告人との間で右のようなやりとりがあったことを否定し、金光方に行かなかった理由については、市長公用車の運転手である襖田が、金光方を知らないようなことを言うので、暑い時期でもあり行かないで済ませられるならできるだけ行かないで済ませたかったし、行かなくても後に総務課で対処すると思ったから、被告人の了解を得ることなく金光方には案内しないことにした旨述べるが、右供述は、襖田の証言と食い違う上、右程度の理由で被告人の了解を得ることなく案内しないことにしたというのは甚だ不自然であって、到底信用できない。また、被告人は、捜査・公判を通じて、高尾との間で前記のようなやりとりがあったことを否定するが、高尾の前記検察官調書及び襖田の証言に照らして信用できない。

また、中村和己の証言及び被告人の検察官調書(検乙一三号)によれば、岩城方については、被告人を案内していた中村和己同和対策課長が、次は韓国の人ですがどうしましょうかという趣旨の質問をしたところ、被告人が、行かなくていい旨答えたこと、中村は、外国人には選挙権がないので被告人は岩城方に行かないのであろうと理解したことが認められる。

6  以上の各事実を併せ考えると、被告人が、平成七年の初盆参りにおいては、公費(市長交際費)で盛り籠等を贈られる特定の初盆家庭だけでなく一般の初盆家庭のほぼ全部を回り、その際、一般の初盆家庭に対して、被告人の私費で用意した現金各五〇〇〇円入りの不祝儀袋を配ったのは、同年一一月に迫っていた豊前市長選挙を意識し、右選挙で自分に有利になるようにと考えてのことであり、したがって、本件寄附行為は右選挙に関してされたものであることを優に認めることができる。被告人は、公判廷では、平成七年の初盆参りを右のように行ったのは、右選挙と無関係である旨述べるが、この点に関する被告人の公判供述は、前記各事実に照らして不自然、不合理であり、到底信用できない。

四  前記一(三)の主張(本件寄附罪にいう寄附は、当該寄附が公職の候補者等からのものであることを受寄附者において認識し得る形態のものでなければならないとの法解釈を前提とした上で、本件寄附については、受寄附者において被告人からのものとは認識し得ない形態のものであったから、本件寄附罪は成立しないとの主張)について

しかし、本件寄附罪にいう寄附は、条文の文理解釈からしても、立法趣旨からしても、当該寄附が公職の候補者等からのものであることを受寄附者において認識し得る形態のものであることを要しないと解すべきである。弁護人は、当該寄附が公職の候補者等からのものであることを受寄附者において認識し得ない形態の寄附は、選挙対策にはなり得ないから、公職選挙法上の寄附とはいえない旨主張するが、そのような寄附であっても選挙対策になり得ないとは必ずしもいえない上、公職選挙法の規定の内容及び立法趣旨に照らすと、同法は、選挙の公正を確保し金のかからない政治を実現するために、右のような寄附をも含めて公職の候補者等による寄附を厳しく制限していることが明らかであるから、弁護人のいうような法解釈を認める余地はない。したがって、右主張は、前提を欠き採用できない。

五  前記一(四)の主張(被告人には本件寄附罪についての故意がないとの主張)について

関係証拠によれば、被告人は、判示行為をする際、自分が、平成七年一一月施行予定の豊前市長選挙に関し、当該選挙区内にある者に対し寄附行為をしていることを認識・認容していたことが優に認められるから、被告人には、本件寄附罪についての故意があったといえる。弁護人は、被告人としては、当該寄附は豊前市からのものと受寄附者が思うであろうと認識していたから、被告人に故意があったとはいえない旨主張する。しかし、仮に被告人が弁護人の主張するように認識していたとしても、その点は、本件寄附罪についての故意の内容に関する事項ではないから、故意を認定する妨げとはならない(弁護人の右主張は、前記一(三)で主張する法解釈を前提とするものと解されるが、右法解釈を採用できないことは前記のとおりである)から、右主張は失当である。

六  前記一(五)の主張(被告人には、本件行為が公職選挙法に違反する違法なものであるという意識がなかったとの主張)について

1  しかしながら、被告人のした本件行為は、公職の候補者等の寄附の禁止規定に違反して選挙に関し寄附をしたものであるところ、このように公職の候補者等が選挙に関し寄附をすることが違法で処罰の対象とされているのは、後記2の公職選挙法改正以前からのことであって、その違法性は周知のことであり、特に、長年にわたり市長をしている被告人が、本件当時、そのことを知らないはずはないと考えられる。

2  加えて、関係証拠によれば、平成元年に公職の候補者等の寄附の禁止を強化する公職選挙法の改正があり、右改正法は平成二年二月一日から施行されたが、その前後の時期に、右改正後の寄附禁止規定の趣旨等を説明した、福岡県選挙管理委員会や豊前市選挙管理委員会等からの文書類が、数回にわたり、豊前市役所人事秘書課を通じて市長である被告人の閲覧に供されていることが認められる。したがって、被告人がこれらの文書類を全く見ていないとは考えられない。

3  また、被告人は、司法警察員調書(検乙四号)及び検察官調書(検乙一三号)において、大富神社の修復工事のための寄附金集めが行われていた平成二年初めころ、ある市議会議員から、「来月から公職選挙法の改正で政治家の寄附が厳しくなる」ということを聞き、政治家の寄附が禁止されることを知った旨述べており、公職選挙法の寄附禁止規定について一応認識していたことを認めている。

4  さらに、関係証拠によれば、被告人は、平成七年九月一三日の豊前市議会定例会本会議で、市議会議員から、公職選挙法で公職の候補者等の寄附が制限されていること等に対する被告人の考えを尋ねられたのに対し、「私は当事者でありまして、あまり公職選挙法は頭に入れないように、ただ選挙に取り組みをいたしておりますので、選挙違反にはならないように、すれすれにやっていこうという考えで私は取り組みをしております。こういうところで自分が選挙に取り組んでいることを本会議で申し上げるのは控えたいと思いますが、非常に厳しくなっていることは事実であります。お酒等提供してはならないとかということで、乾杯も私共しませんでお茶の缶を一つずつ配ってお帰りになって頂くとか、非常に気を使っております。」などと発言していることが認められるが、右発言は、被告人が、公職選挙法により公職の候補者等の寄附が厳しく制限されていることを知っていることを示している。

5  弁護人は、被告人は慣習(慣例)に従い公務として初盆参りをし現金入りの不祝儀袋を供えて回ったのであるから、それが公職選挙法に違反する違法なものであるという意識を持つはずがない旨主張する。

しかしながら、豊前市内及びその周辺地域においては初盆参りの慣習があるとはいえ、公職の候補者等が初盆参りで金品を配ることが公職選挙法の寄附禁止規定に触れることは、前記1ないし4の各事実等に照らすと、少なくとも公職の候補者等には周知されてきているとみられる。

また、関係証拠によれば、被告人は、平成七年の初盆参りにおいて、豊前市内の初盆家庭のうち、公費(市長交際費)で盛り籠等を贈られる特定の初盆家庭を除いた一般の初盆家庭のほぼ全部二四〇軒弱(本件公訴事実記載の受寄附者の家庭一六三軒を含む)に対して、被告人の私費で用意した現金各五〇〇〇円入りの不祝儀袋を配っており、右現金の合計は一二〇万円弱(本件公訴事実記載の現金合計八一万五〇〇〇円を含む)の多額に上ることが認められるところ、豊前市内における初盆参りにおいて、一人の者がこのように多額の私費を投じて、このように広範囲に金品を供与する慣習(慣例)があるとはうかがわれない。

さらに、被告人が私費で用意した現金各五〇〇〇円入りの不祝儀袋を一般の初盆家庭に配ったことまでを豊前市の公務とみることができないことは、前記二で述べたとおりである上、被告人は、前記三で述べたとおり、平成七年一一月に迫っていた豊前市長選挙で自分に有利になるようにと考えて、そのようなことをしたのであるから、それを豊前市の公務といえないことは被告人にも分かっていたはずであるとともに、それが公職選挙法に違反するものであることも分かっていたはずである。

そうすると、被告人が、弁護人の主張するようなことから本件行為の違法性を認識できなかったとは考えられない。

6  以上の各事実を併せ考えると、被告人には、本件行為が公職選挙法に違反する違法なものであるという意識があったものと優に認められる。被告人は、捜査・公判で、右事実を否定しているが、前記各事実に照らして信用できない。なお、右に述べたことから、被告人に違法の意識の可能性があっことは明らかである。

(法令の適用)

罰条

判示各所為 いずれも、公職選挙法二四九条の二第一項、一九九条の二第一項

刑種の選択

判示各罪について所定刑中いずれも禁錮刑を選択

併合罪の処理

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い別表番号一六三に関する罪の刑に法定の加重)

刑の執行猶予

刑法二五条一項

訴訟費用の負担

刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑の理由)

本件は、福岡県豊前市長で平成七年一一月施行予定の同市長選挙に立候補を予定していた被告人が、同市内のほぼ全部の初盆家庭に初盆参りをした際、右選挙に関し、当該選挙区内にある初盆家庭の居住者等一六三名にそれぞれ現金五〇〇〇円を供与して寄附をしたという事案である。豊前市内及びその周辺地域においては、初盆参りの慣習があるとはいえ、公職の候補者等が選挙に関し寄附をすることが処罰の対象とされていることは周知のことであり、したがって、公職の候補者等が、選挙で有利になるようにと期待して、初盆家庭に現金を配って回ることが許されないのは明らかであるのに、被告人は、立候補を予定していた市長選挙で自分に有利になるようにと考えて、豊前市内の初盆家庭に私費で用意した現金各五〇〇〇円入りの不祝儀袋を配って回ることとし、本件各犯行に及んだものであって、その動機に酌量の余地はない。しかも、本件は、寄附件数が一六三と多数であり、それに供された現金も八一万五〇〇〇円と多額であって、犯行の規模が大きく、選挙における買収事犯に近い面がある。しかるに、被告人は、公判廷において、本件寄附をした主体は被告人ではなく豊前市であるとか、本件寄附に選挙のためという動機・目的はなかったなどという不合理な弁解に終始して、反省の態度を示していない。したがって、被告人の刑事責任を軽視することはできない。

他方、豊前市内及びその周辺地域においては、公職の候補者等が、初盆家庭を回って金品を寄附することは、その規模等はともかくとして、これまで相当行われていたとうかがわれるが、本件より前にはそれらが刑事事件として取り上げられたことはなかったようであること、被告人には、昭和四四年に贈賄罪により懲役八月、二年間執行猶予に処せられたことがあるほかは、前科前歴がないこと、被告人は、昭和五〇年以来豊前市長選挙に連続して六回当選し、二〇年余の間同市長を勤めているものであることなどの事情もあるので、これらの事情を併せ考慮して、主文のとおり量刑する。

別表

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